ドラゴンの鬱病闘病日記

サラリーマンドラゴンのうつ病闘病日記です、人生観や日々の気持ちなどを細々と書いていこうと思います。

プロフィール(社会人編1)

今回は社会人編から受診までの流れを小出しに書く


なんとか大学を卒業して地元で市営住宅から近いところで就職できた、そこからは人生初めての経験と厳しさに驚きつつも働いている。

初めての初任給で祖父母と弟をガストにだけど連れて行ってあげた、とても喜んでくれてあの時はとても嬉しかった。


そこからは何もなくこれからも働いて祖父母や弟の為に頑張るぞという勢いで働いた。


しかしここで自分が受診に至る大きな転機が訪れる、去年働き出して1年になる1週間前ピッタリに祖母が自宅で亡くなった、雨が降る月曜日の朝だったのを覚えている、自分がちょうど早番で5時に家を出ようとした時だった。

一生懸命蘇生を試みたが間に合わなかった、後から聞くと亡くなったのは前日の午後11時ごろだったそうだ。そこからは葬儀やら何やら大変で悲しむ暇がなかった、しかし不幸はそれでは止まらないのである。

今度は祖父の認知症発症である、祖母が亡くなってから元気がなくなり怪しいとは思っていた、祖母が亡くなったのが去年の3月それから祖父がおかしくなり始め暑い8月には寝たきりやご飯も食べれなくなっていた。

そこから話は割愛するが9月の後半に地元の病院に緊急入院になった、ここから短い間だが弟と自分の2人生活が始まるが長くなるのでそれは次の記事で

プロフィール 人生編(過去)

今回は自分の今までの人生を少し書いてみようと思う。


1993年シングルマザーの子供として生まれる、そこから6歳までは祖父母、母と共に暮らす。

6歳になった頃母親が出て行く(正直今思えばここから鬱病の気配はあったのかもしれない)そこから10歳までは祖父母と共に市営住宅で暮らす。

10歳になった頃母親が戻って来ると知らせがあり嬉しく思ったがそこには知らない赤ん坊がいた、弟らしい(父親は勿論違かった)

そして11歳の頃弟を置いてまた母が行方をくらます、今度はここから4人の暮らしになる。

そこから色々な祖父母が目に見えて年を取って行く心配や父親が違う弟が増えた葛藤を抱え生きていく。

そして色々な心配を抱えながら中学、高校、大学と進み社会人になった。

社会人になっても祖父母や弟の心配は消えず地元で就職した、勿論同居だ(これに関しては自分で選んだ道だから仕方がないと思う)


次では社会人編を手短かに書こうと思う

初投稿(まずは簡単なプロフィールから)

名前・ドラゴン

年齢・24歳

職業・会社員

うつ病歴・正式な診断が出てからは半年(以前からその気はあったかも・・・)


とまぁこんな感じで少しずつ書けていけたらなと思う。

次回は今までの人生を少し詳しく書けたらと思ってる、誰か見てくれると良いけど(笑)